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目次
ふるさとの四季 耕して十年 氷雪まつり
新春を寿ぐ 家族とともに 高山の町
懐古 昭和遙けし 追憶 厳しき冬も
夫と子と 秋の日に
孫 健やかに   道分灯篭
父母を偲びて 七十路を越えて 西国三十三ヶ寺(巡拝四たび)
乗鞍 低山を歩く 四国八十八ヶ寺(春秋二回に)
半世紀を共に 不覚にも みちのく 茂吉啄木賢治ふるさとを訪ねて
自然はやさし すぎゆきの旅 中国路を行く
秋から冬へ ある日 あるとき 北海道 三人の孫と夫と 二夏の旅
ゆるる心に 湾岸戦争と宇宙
工場を閉す (平成二年) かがり火まつり 老境に入る
あとがき

 ふるさとの四季

   除夜の鐘雪野流れて去年今年ひたひたと去りしんしんと来る

   初春を待つ飛騨路に雪の歳の市 町衆在衆のぬくもり通う

   ねぎ苗の立ちたち揃ひたる山畑の彼方に雪のアルプスが見ゆ

   荒るるとは人の決めごと山畑は自然に還りて雉子育む

   冷えこめば味も良かれと短か日を峡の流れに赤かぶ洗う

   ふるさとは乗鞍なだりの里山に父母眠ります吾も還ります

   四方の山に四季の彩ありわが里は神紡ぎ給う緞帳の中

   飛騨しぐれけむる峠を下りくる新宿発の定期便バス
      
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  新春を寿ぐ

   生きて逢ふ新世紀なり古稀にしてしみじみ祝ふわが初鏡

   夫と子は威儀を正して連管す新春の息吹は家内に満つる

   夫は寂び子は力強く奏するは初春を寿ぐ岩上の松

   御歌披講の后の宮に注がるる陛下のまなざしこよなくやさし

   東宮御所の初春を飾ると花餅は雪の朝をアルプス越えぬ

   東へ悲願の安房トンネルの開通成りて初詣でする

   朝あけの富士玲瓏と見えをりて風に舞ひ立つ雪の真白き
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 懐古 昭和遙けし

   新任教師のわがためにセルの着物解き養母は洋服手縫ひ給ひき

   学童の木碗に配りし脱脂ミルク 教師のわれも飢満たされぬ   

    短歌習ふと分校の囲炉裏囲みたる我ら若かりき終戦の冬

   習作の互選一位になりたるをよすがとなして詠みて来たりき

   ザラ紙の薄き歌集を宝とし十代のわれひたすらなりき

   聖戦と信じ綴りし稚な歌 定価拾五銭の帳面に残る

   その時は拙なきながら自負持つやノートに残す三十一文字

   自営業三人の子に老姑在しき歌はざる戦後悔いることなし

   ゆとりなきわが若き日を知る娘NHK歌壇十余年届け来

   本を読め旅にも出よと押しくるる夫と三人の子がありてこそ

   還暦われ生れて遙かな昭和の子大君崩御の悲しみに遭ふ

   身に替へてと国民救い給ひたる君が御代逝く寒の雨降る
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 夫と子と

   若き日に夫と約せし瀬戸内の船旅の夢金婚にして成る

   五十年添ひ来し二人の足跡がムーンビーチの白砂に続く

   もの分かり良き親をなしいる息子かな父子激論の安保遙けし

   早逝の母の声聞く思ひして娘三十路の笑ふを見つむ

   ルーペ持ちて菜畠に採る蝶の卵娘の教室に今年も飛べよと

   結婚し他家継く末子と夫とわれ夏も終りの御岳に登りぬ

   歳月をいつか重ねて乙の子も二児の父なり春たちかへる

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 孫 健やかに

   かまきりの片羽をつまみ幼子は腰を屈めてそろりそろり来る

   幼子の画きし顔は芽を吹きしじゃがいもに似て主張を持ちぬ

   蟻の巣に砂糖まきしは坊ならむ午睡の夢は何と遊ぶや

   早春の冷ゆる社殿に凛々と幼き娘「浦安」を舞ふ

   いつからか孫ら遊ばぬ芝庭におづおづとわれ除草剤まく

   七個目のランドセル買ふ幸せもジェンダーフリーにわれは戸惑ふ

   学校へ持たせる雑巾外孫の分も縫いつつ処暑の夜は過ぐ

   秋さりて乙女さびたる子の机にガラスのペンギン口づけしてをり

   身を入れて孫娘語るを聞きやれば気持通ひて我も満たさる

   少年となりたる孫に拘わらず夫は朝毎に鯉のぼり上ぐ

   追ひ抜かれてもひたむきに走る男の孫の小柄な姿見つめいにけり

   合気道の構へを見せて寝返りぬ少年の四肢伸びやかにして

   とんぼ眼になりしか男の子秋の野に発見追ひてひたすらなりき

   立ち読みをする受験子の背が見せる逃避しばしのコンビニ更くる

   高校皆勤と大学合格果たしたる男の子自転車磨きあげたり

   孫娘の悲鳴に素早く蛇去りて蛙はひたと縁に動かず
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 父母を偲びて

   ねんごろに清めて蔵ふ輪島膳 愛でたる父の法会勤めて

   一枚の葉書でも欲し幼日に死にたる母の手の跡知らず

   呆け迷ふ住みこみ婆やと共に泣きし母の死にたる六才の秋

   戦後嫁すわれの乏しき荷の中に父は衣桁を買ひ添へくれぬ

   癌と知らぬ母を伴ふ老い父の思ひ偲ばゆ伊豆の海はも

   父母の終の旅路をなぞり来て修善寺の夜雨に眠れず

   原付自転車を欲りたる老父にさりげなく話題替へしを折りふし悔ひる

   吉野山花散る春を父恋の 五百羅漢に面影探す

   親の手のぬくもり残る古桶に柿渋を刷くわれも老いつつ

   歪なるまげしの蒸籠もやしつつ在りし日の父母しきりに恋し

   母は枇杷父はころ柿好みしを知るも吾のみ供へて食うぶ

   とりわけて綺麗好きなる父なりき語りかけつつ墓清めます

   歌ならず歌寿恵 佳数詠と遊ぶ夜は名付けし亡父と語りてみたき
 
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  乗 鞍

   誰来ると当てなきままに香を焚く時雨るる庭ははや夕暮れて

   白き雲流るる空に穂高嶺の蒼暗みつつ秋深みゆく

   霜白き峠の辻に朝陽射す ひとところ光る草もみじかな

   山深く静もるダム湖に朝明けの風は渡りてさざ波光る

   梅雨さめのけぶる朝を飛騨川に鮎釣人の影は孤独に

   恵那トンネルを抜ければすでに陽は落ちて旅も終りの安らぎ覚ゆ

   春菜摘む加佐の岬は風荒れて沖に白波立ちて寄せくる

   緑なす山陰写す明神池に真鴨の親子相寄るが見ゆ

   山襞より湧きたつ霧の真白きが陽の射す峯に昇りつつ消ゆ

   住み古りて朝夕べに仰ぎ見る乗鞍岳は母なる大地

   新雪の岳の夕映仰ぎつつ彼岸此岸を思ふひととき

   冬空をわがものとして見の限り鳶自在なり羨ましきまでに

   乗鞍の稜線しるき秋空に透しの如き夕月かかる

   落葉も終りて山に音もなし雪積む前を墓参に登る

   掃き清む手許に名残りの枯葉散り墓石に淡く雪虫のまとふ

   何をしにと物置小屋に思案するわれを無視して猫がよぎれる

   逃げもせず甘えも見せず庭よぎる猫は自由の面構え見す

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  半世紀を共に

   戦争の最中に過ぎし青春よ初納めなる水着を買いぬ

   クアハウスのヘルス講座に夫と吾の水着姿の面映くして


   始まるぞテレビの前の夫が呼ぶ飯のかたさでいさかひし朝

   「晩秋ね」「冬だよわしらの今だろな」出湯帰りの峠時雨るる

   皆既月食ただ感じよと夫の言ふ心澄まして素直にならむ

   満月を食する星に在る吾等言葉にならぬ夜の更け行く

   祈りながきわが背の蚊を追ひくるる夫とありけり父母の墓前に

   屈折の思ひもあらむ軍恩時計 手にする夫の黙深くして

   日本シリーズ期待外れて忠臣蔵の筋書通りを夫と見ている

   もの忘れふえてはもめる夫と吾の折りおりは合ふ沓き思ひ出
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  自然はやさし

   鳥よ来よ兎も食めよと屑りんご穫り入れすみし畠におきぬ

   りんご山にりんご実りて落つる音野兎の目は輝きにけむ

   ででっぼう ぼく空腹と啼く鳩は豆の降るゆめ雪空に見た

   うぐいすの声清かなる山畑の露に濡れつつえんどうを摘む

    走り梅雨に濡れて黄葉落としつつ更衣ひそかなり竹の林は

   梅雨晴れの風に乗り来し鬼やんま開け放ちたる居間めぐりいる

   青葉風にさわさわゆるる袋の中桃は太りて密溜めおらむ

   林道にもつれつつ舞う二羽の蝶進む車に左右に流るる

   雨雲の低く垂れたる城山に日照雨すぎつつ虹の立つ見ゆ

   あぢさいの花の陰にて瞬間に子蛙啣へし蛇も小さき

   炎暑暮れて仰ぐ夜空に満月の朱の色深し今日原爆忌

   遠雷のひびく梅雨空茜して土蔵も庭もセピア色なる

   夏空に渦巻く雷雲貫くさまに虹立てりけりひとときにして

   ひと夏をふり返りみる宵闇にねぶたみやげの風鈴が鳴る
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  秋から冬へ

   キッチンの朝飼の卓まで射し入りて穏しく眩し冬至の朝

   残菊に群れとまりたる蜜蜂は淡々光りて追へども動かず

   野菊咲く山陽だまりに群舞して番たがへぬ黄蝶白蝶

   土深く億万の種眠らせて山は憩いの季に入りゆく

   夕時雨笹の葉むらに音立てて風土記の岡の早も暮れそむ

   残雪の野天湯けむり淡々と一人沈めば月おぼろなり

   木枯らしの雪を混へて吹く日なり喪中欠礼の一葉届く

   ゴトンゴトと雪降り風の吹く夜は過ぎにし人を恋しと思ふ

   聞きなれし夫の謡は弱法師レポート書くわれ外は霙れる

   想出を追ふばかりにて逃げて行く二月侘しも忌の日相つぐ

   山国の寒冷底つく朝朝を風邪なだめつつ春を待ちいる

   寒明けの弱き陽射しが豪雪の飛騨の苦澁を時の間照らす

   除雪する夫に声かけ街に出ず冬物バーゲン下見のために

   雪晴れの月の光に梅古木 庭に行書の如き影置く

   冬空に霜白くおく藤の木の蕾固きを数へては剪る

   寒明けて老いの暮らしも動き初む手造り味噌の案内が来て

   メロン買ひて帰る雪道遠くして少しのぜいたく持ち重りする

   待つ春を寓話北風と南風 庭を舞台の展開楽しも

   さくら道悲願半ばに逝きし人よ見ませ咲き満つさくら街道

   末の子の卒業赤飯食べくれし売薬さんは廃業告げぬ
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  ゆるる心に

   一線を画すと心決めしとき丁寧にもの言ふわれが在りたり

   わが声の乾きみにくしと思へども抑へし怒りに受話器が震ふ

   自らの老いにあがらうごと生きてある日は静かに見つめいるなり

   胸に生るる矛盾をなだめ時かけて飼いならしゆく老いと言ふもの

   六十九才使わぬつもりの受給者証病めば忸怩と受付に出す

   たそがれて失ふものを数ふがに薬の包み仕分してをり

   体の良き協調それとも迎合か一人になりたき帰り道なり

   居ずまいを正す気持で作品の一つ一つに真向かひて見る

   才無きを寂しみ市民余技展を出づれば五月の光り眩しき

   我がことにあらぬ思ひをいましめて雪の夜に聞く救急サイレン

   逆縁の人の哀しみひと事のように聞きたる吾を恥たり

   仲人の冥加とこそよろこびてみどり児わが手に抱かせて貰ふ

   世代替りの哀歓持ちて市民われ新旧庁舎の参観をする

   つややかな著莪の緑に散るもみぢ祖の墓寂と歳月を積む
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工場を閉す(平成二年

   庭へだつ工場の窓を光らせて五月の雨は小止みなく降る

   名も知らぬ重機が屋根に喰い入るを傷みこらえてしかと見つむる

    解体の工場前に黙し立つ夫と並びて雨に濡れをり

   ここに依りて三人の子成人す感謝をこめて見送りをせむ

   工場は我ら限りと決めをりぬ今平らかに月の光冷ゆ

   整地終えし工場跡の黄昏に白山吹が冴え冴えと咲く

   勤勉に生き来し夫は休日の雨降ることにも安らぎを言ふ

   屋号入りの大きダルマを抱き来て雪の社の火に投じたり
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